教育の借用と土着化の理論的枠組に関する一考察 ― 日本型高専のベトナム輸出への示唆 ―

教育の借用と土着化の理論的枠組に関する一考察
― 日本型高専のベトナム輸出への示唆 ―
             
                                   福田紗耶香

1.はじめに

 本稿の目的は、教育借用の理論的発展を整理し、土着化のプロセスを捉えるための予備的考察を行うことによって日本型高専輸出の分析への示唆を得ることである。
 比較教育学研究において教育の借用や移植というテーマは学問の起源から現在に至るまで中心的な課題であった。そして教育の借用や移植に対する問いは「外国の教育から何を学べるか」という本質的な問いから、1990年代後半には「なぜ教育借用は起こるのか」「どのように教育借用は起こるのか」という問いへとシフトしている (佐藤、2018)。
 近年、特に2010年代以降は、日本においても「教育の輸出」(林 2019)と呼ばれる事象への注目が高まってきた。林(2019)によると、「教育の輸出」とは、「国際比較における優位性を広告材料として用いながら、自国の教育の特徴を定義し、複数の施策をパッケージにして外国に売り込」(林, 2019:54 )むというものである。
 本稿では、改めて比較教育学で注目されてきた教育借用について、フィリップスおよびスタイナーカムジによる教育政策の借用、移植理論、そして林(2019)の「教育の輸出」の議論を整理し、日本型教育の移植、輸出を分析する上での理論的示唆を示す。比較教育学においては、教育政策の借用は批判的な視線を向けられてきた。しかしながら、借用は負の側面ばかりではなく、新たな価値を生み出すきっかけともいえる。したがって、借用された政策が実践にもたらす変化のパターンを明らかにすることが、比較教育学における教育政策の移転・借用・輸出入の理論を豊かにすると考える。

2.意思決定プロセスから土着化への注目の高まり

 本節では、フィリップスら、スタイナーカムジによる教育政策の移転・借用の理論を整理する。田中(2005)はフィリップス、スタイナーカムジの論考を論評している。これを参照すると、フィリップスの枠組みは、他国の教育を模範とした教育改革の事例を読み直す作業に使用されたものである一方、スタイナーカムジは「経済困窮国」が経済大国やOECDのような国際機関から教育の要素を借用する状況を意識したものであることがわかる。
フィリップスらは、ある国の教育政策が参照される誘因、意思決定プロセスを精緻化したといえよう。図に示したように、他の国や地域の教育政策を参照する場合には、単により優れた事例を外国に求めるという動機以外にも、政治的な動機があることが明らかにされてきた。
 一方で、スタイナーカムジの研究について、田中(2005)は、「外に向けて発せられる教育借用者の『施政方針演 説』(Policy talk)と、うちに向けて提出される『政策実施』(Policy Implementation)計画文書との齟齬に留意しなければならない」(田中, 2005: p. 38)と強調していると指摘している。すなわち、借用の動機から一歩進んで「いかにして導入されるか?」という疑問に迫ったものであったといえる。スタイナーカムジ論の特徴としては、「再文脈化」と「内在化」にある。「再文脈化」とは、「外在化の局面で選択された他国の教育理念・方法を、自国の必要性に合わせて『翻訳』する段階」(田中,2005: p.39)である。また、「内在化」は、「再文脈化の局面において翻訳された(変化した)借用理念・方法を、自国の教育文化や伝統に合致する制度として、その存在を肯定する適切な理由付けを行う段階」(田中, 2005: p.40)である。スタイナーカムジが提唱した外在化、再文脈化、内在化という教育借用の三段階は、移転された政策が地域によっては異なる結果をもたらすことの要因を地域研究の手法を用いて現地のコンテクストから読み解いたことによって生まれたものだと考えられる。
 フィリップスらとスタイナーカムジの論を踏まえると、フィリップスらは主として教育政策を借用する動機に着目してきた。一方、スタイナーカムジは、外国を参照し、それを翻訳する段階である「再文脈化」と「内在化」に着目してきた。すなわちフィリップスとスタイナーカムジらの着眼点は、教育移転において連続性の中に位置されると言える。
そして、教育の輸出における土着化の阻害要因に着目した林(2019)論は、教育移転のスペクトラムの中ではスタイナーカムジの言う内在化に位置するのではないだろうか。林(2019)は、リベリアを事例として、国外からパッケージ化された教育システムを購入するが、国内での土着化が阻害されている点に着目している。林(2019)は、規格化された授業から逸脱することが許されないなどの教員の統制や、外部評価を国外の団体に委託するなど、実践への導入段階で技術的な移転が認められなかったことを明らかにしている。

 

 以上を踏まえると、スタイナーカムジが主張していた内在化において少なくとも二つのシナリオが現れることがわかる。一つは、スタイナーカムジが事例として挙げたモンゴルのように、自己参照を進めて自国内での実践形成を行うパターンである。もう一つは、林(2019)が事例として挙げたリベリアのように、自国外にアウトソーシングし続けるという外在化を繰り返すパターンである。林(2019)の知見から、リベリアでは、公教育の民営化実験として、国外のアクターから良質な学校教育のパッケージを購入し導入しているものの、リベリア国内で授業や評価の技術が土着化することなく、主導権は国外にあり続けるという実態が見て取れる。
 歴史的背景を考察する上では、「なぜ借用されるのか?」が中心的な課題となっていたが、教育システムや教授法が輸出・輸入されることが一般的になりつつある現代では次なる課題が立ちあらわれると思われる。それは、「何がどのように土着化し、何が土着化しなかったのか、そしてそれはなぜか?」という問いである。土着化の段階として、フィリップスら(2003)は、既存制度への影響、他国の教育要素の吸収、合成、評価の4つの段階があると主張している。林(2019)を踏まえると、土着化/非土着化(アウトソーシングの継続)の段階にいかなるパターンがあるか考察する上では、国外のアクターと照らし合わせながら分析する必要がある。
 では、土着化の詳細を分析するために必要な枠組みは一体どのようなものだろうか。一つの手がかりとして、竹熊(2008, 2015)を参照したい。竹熊(2008)は、教育制度に関わるあらゆるもの、すなわち社会環境、規範、教育理 念、関連実践などが流動的であるということによって絶えず起こる不整合をどのように捉えるか、を問題とした。そこでB.ホームズを参照して、「環境要因」、「社会意識レベル」、「制度政策レベル」、「規範レベル」の領域を組み合わせ、そこに特定の問題に関わる項目を布置していくことで、項目同士の不整合を重層的に把握する構造を提案している。フィリップスらやスタイナーカムジが、政策の移植というマクロな動きを可視化させてきたのに対し、現地のコンテクストの中でよりミクロな動きに迫っていると言える。さらに竹熊(2015)は、日本式の高専教育の移植を事例として取り上げ、実践レべルで起こる変容を明らかにする分析枠組みの構築を試みている。
 以上のような知見を踏まえると、教育借用もしくは教育の輸出に関する研究は今、土着化のプロセスが精緻化される段階にある。すでに、フィリップスらやスタイナーカムジ、林によって教育借用に関わるアクターや社会状況の複雑な関係性は徐々に可視化されてきた。今後は土着化プロセスにおける諸々の不整合、すなわち導入後にマクロからミクロなレベルで生じる葛藤を分析していくことが、受け手と送り手という関係性の中で生じる課題とその解決策、さらには土着のコンテクストを超える新たな教育的価値を見出すことにつながる。
 このような土着化のダイナミクスを説明していく上では、「評価」が誰によって、どのような指標でなされ、結果が誰に向かって発信されるのか、が鍵となると考えられる。評価を考える上では、二つの側面からアプローチする必要があるだろう。一つは公的な目的でなされる評価、二つ目は実践レベルでの非公式的な評価である。PISAなどの国際的な評価に加え、リベリアの事例に挙げられる外部評価などは、地域の文脈から離れ、国際的スタンダードで評価される。PISAショックと呼ばれるように、評価結果は一定程度の影響をもって、さらなる教育改革へとつながる。これは土着化の阻害要因の一つといえよう。林(2019)が挙げたような、評価を外部委託することによって、国内での評価技術が進まず、評価実践もアウトソーシングし続ける、というものも非土着化の一例と言える。評価が行われるとき、客観性やエビデンスによって現地のコンテクストにおいての合理性よりも、国際的な見解の中での合理性が優先されることもあるだろう。したがって、評価の形態とその結果の反映に注目する必要がある。こうした公的な意味を持つ評価が実践の土着化を左右する事例は少しずつみられるものの、実践レベルでの評価、もしくは利害関係者の満足度はそれほど明らかになっていないように思われる。公的な評価結果に迎合する形で土着化を左右する、実践レベルでの満足度によって土着化が左右される、もしくは現場レベルでの利害の一致によって、政府の意図とは異なる形で土着化していくというパターンも予測される。以上のことから、「土着化」段階へのさらなる着目、そしてその中でも「評価」の主体、方法、結果の受容を明らかにしていくことで、土着化を左右する要因に迫ることができるのではないかと考える。

3.受け手の固有のコンテクスト重視からの脱却の必要性

 これまでの知見を整理していくと、フィリップスらが提唱してきた時間軸に沿った変容(誘因、決定、導入、内在 化/土着化)と、スタイナーカムジらが地域研究の手法で明らかにしてきた適応する/拒絶される、もしくは受容され る/修正されるといった相互的な作用に迫るものに大別できる。したがって、外国の教育を参照する動機に注目する、受容側を対象とするものから、次第に「借りる側―貸す側、輸入側―輸出側、受容する側―拡散する側の相互作用」に向けられるようになっていることがわかった(Steiner-Khamsi et al. 2006、竹熊, 2015)。また、前節で、教育政策やパッケージの移植が決定されるまでのプロセスは一般化が進んでいるものの、受け手社会で起きる諸々の不整合についての理論化は途上であり、土着化のプロセスを動的に捉えるために評価に注目していく必要があると示した。
 日本も2016年以降、輸出国側として、「EDU-Portニッポン」という日本型教育の海外展開事業に取り組んでい る。EDU-Portニッポンが発行している日本の教育紹介パンフレット、Basic Education in Japan -知(chi)・徳(toku)・体(tai)[1]には、日本の教育の特徴として、PISAランキングで上位であることや、義務教育、高校進学率の高さや高校退学者の少なさからすべての人へ質の高い教育が行き渡っていることなどが挙げられている。そして、この海外展開事業は、諸外国首脳から「日本型教育」への強い関心が寄せられていることを背景として、「インフラシステム輸出戦略(平成29年5月改訂)」では日本の技術やノウハウを活かして、世界の需要に応えることによって、日本の経済成長につなげていくことが掲げられ、その重点分野として人材育成を含むソフトインフラが位置づけられている [2]。したがって、このような日本の事業もまさに、林(2019)が言うところの「教育の輸出」であると言えるだろう。
 日高他(2018)によると、日本の高専型教育は、「新興各国の工業化を担う人材、すなわち実践力と想像力を備えた技術者の育成」を目的として、平成28年から海外展開が推進されており、特にモンゴル、タイ、ベトナムが、支援重点国として定められている。協力支援幹事校として日本国内の3つの高専が選定され、協力支援体制が整備された [3]。ベトナムにおいては、平成29年にベトナム商工省(MOIT)、ベトナム科学技術連合会(VUSTA)、ベトナム労働傷病兵社会問題省職業訓練総局(MOLISA)等との連携協定が締結され、その後協力支援幹事校として宇部高専に決定してから事業展開が始まった[4]。モンゴルやタイの状況と異なり、ベトナムではJICAベトナムが「ホーチミン工業大学重化学工業人材育成支援プロジェクト」の一環で高専型技術者教育の導入がすでに始まっており、これを基盤として国立高専機構の海外展開事業が進められた[5]。このJICAプロジェクトの背景には、平成29年から稼働が計画されていた製油所運用に携わる技術者を現地から輩出したいという要望があったという[6]。
 教育が輸入・輸出される際には、政策、法律、カリキュラム、教授法、評価手法といった技術面だけでなく、双方の価値もやりとりしているというのは想像に難くない。教育の輸出の過程で生じる摩擦に着目することで、やり取りしている双方のコンテクストが浮かび上がってくるのではないだろうか。
 竹熊(2015)が指摘するように、教育政策の導入がうまくいかなかった際に、その要因を単に受入国のコンテクストに帰結させてしまうのではなく、複雑な外的要因を解きほぐしていくことで影響を受けるであろう様々な要素や問題点の予測や改善を導くことができる。輸入側のコンテクストだけでなく、輸出側が技術に埋め込んで送りこんでしまうコンテクストにも注意を払って摩擦の原因を追究していくことが可能になれば、送り手―受け手という権力構造を解体することができ、送り手と受け手の相互作用によって新たな教育の形態が創造されることもありうるかもしれない。そして、相互作用による新たなコンテクストの創造を分析するための枠組みを精緻化していくことで、比較教育学研究においては、土地に硬く紐づけられたコンテクストをよりダイナミックなものとして描くことが可能になる。

 

参照文献

Phillips, D., & Ochs, K. (2003). Processes of Policy Borrowing in Education: Some Explanatory and Analytical Devices. Comparative Education, 39(4), pp. 451-461.
Phillips, D., & Ochs, K. (2004). Researching policy borrowing: Some methodological challenges in      comparative education. British Educational Research Journal, 30(6), pp. 773-784.
Ochs, K., & Phillips, D. (2002). Comparative studies and ‘cross-national attraction' in education: a     typology for the analysis of English interest in educational policy and provision in Germany. Educational  studies, 28(4), pp. 325-339.
Steiner-Khamsi, G, & Stolpe, I. (2006). Educational Import; Local Encounters with Global Forces in     Mongolia, Palgrave Macmillan.
佐藤仁(2018)「教育借用から考える『場』としての規範的比較教育政策論の可能性」『比較教育学研究』日本比較教育学 会、第57号、pp. 13-31。
竹熊尚夫(2008)「多民族社会の教育研究における民族教育制度の視座-比較教育学的考察-」『大学院教育学研究紀要』 九州大学大学院人間環境学研究院教育学部門、第11号、pp. 45-60。
竹熊尚夫(2015)「日本の高専輸出とその 『移植』プロセスに関する予備的研究: モンゴルとマレーシアの比較枠組み」  『大学院教育学研究紀要』九州大学大学院人間環境学研究院教育学部門、第18号、pp.15-28。
田中正弘(2005)「教育借用の理論:最新研究の動向」『人間研究』(日本女子大学人間社会学部教育学科)第41号,   pp. 29-39。
林寛平(2019)「比較教育学における 『政策移転』を再考する」『教育学研究』日本教育学会、86(2)、 pp.213-224。
日高良和・高内康司・林田隆之・中野陽一・三谷知世(2018)「高専フロントランナー 国立高専機構の海外展開事業と   JICAプロジェクトによるベトナムにおける高専型技術者教育モデルの展開」、『日本高専学会誌』第23巻第1号、     pp.41-44。

注:
[1] EDU-Port Japan, 2017, Basic Education in Japan -知(chi)・徳(toku)・体(tai), https://www.eduport.mext.go.jp/pdf/summary/pamphlet/educa2017_pamphlet.pdf (2020/03/9最終確認)
[2]EDU-Port Japan、「事業概要」https://www.eduport.mext.go.jp/summary/index.html (2020/03/9最終確認)
[3]日高良和・高内康司・林田隆之・中野陽一・三谷知世(2018)「高専フロントランナー 国立高専機構の海外展開事業とJICAプロジェクトによるベトナムにおける高専型技術者教育モデルの展開」、日本高専学会誌第23巻第1号、pp.41-44。
[4]同上。
[5]同上。
[6]同上。