マレーシアにおける高専教育の導入方式と受容

マレーシアにおける高専教育の導入方式と受容

                               竹熊真波・竹熊尚夫

1 マレーシアからの留学生派遣政策の中での高専教育
 マレーシアから高等専門学校への留学生派遣は1981年にマハティール首相が提唱した「東方政策(Look East Policy)」から始まったものである。東方政策とは、従来の西洋一辺倒の思考から脱し、日本や韓国の発展に学ぼうというもので、特に日本からは「労働倫理、勤労意欲、経営能力、国民性としての道徳(年長者に対する礼節)、教育、学習意欲」を取り入れることを目指した[1]。これらの背景には1969年の人種暴動(マレー人対華人)を期に強化された「ブミプトラ(マレー人優先)政策」[2]、1979年に旧宗主国でありこれまで最も多く留学生を送り出していたイギリスが「フルコストポリシー(留学生経費全額負担授業料制)」を打ち出したこと、さらには日本が時期を同じくして「留学生受入10万人計画」を打ち出したこと(1983年)などの要因が挙げられる。
 東方政策の大きな柱は、マレーシアから日本・韓国に留学生及び職業人を派遣する事業である。留学生派遣は、当初は「学部留学」(1982~)と「高専留学」(1983~)の2つのプログラムであったが、その後、「日本語教員養成プログラム」(1990年開始)、「大学院留学プログラム」(2000年開始)へと拡大し、高専留学は担当実施校の変更がありながらも継続されてきた。
 ちなみに、研修プログラムについても、1982年から派遣が行われている。現在は、2006年度に日・マレーシア経済連携協定(EPA)の共同声明により、日本の民間企業での実務研修を行う「産業技術研修プログラム」とマレーシア人公務員の管理職を対象に地方自治体や民間企業などで研修を行う「経営幹部実務研修」が「経済連携研修(小泉・アブドゥラ研修プログラム)」へと改編したものと、若手行政官を対象とし、国際協力機構(JICA)が主管する「青年研修」のプログラムがある[3]。
 東方政策は、2012年に30周年を迎え、「セカンド・ウエーブ」の段階に入った。その間、約1万4千人の留学生・研修生が日本に派遣された。また、1988年には東方政策留学生同窓会(ALEPS)が結成された。ALEPSは、現在も東方政策実施支援、日馬相互理解の促進等の活動を行っている。さらに、2011年にはマレーシア工科大学内にマレーシア日本国際工科院(MJIIT: Malaysia-Japan International Institute of Technology)が設置された。これ は、日本の25の大学がコンソーシアムを組織し、電子システム工学、機械精密工学、科学システム、環境グリーン・経営工学などの領域に教授陣を派遣することで、日本の技術・労働文化に基づく教育を提供しようとするものである[4]。
 さらに、2015年には、ナジブ首相訪日の際に、「戦略的パートナーシップについての日馬共同声明」を出し、東方政策については、「東方政策2.0」へと発展させるガイドラインを示した。それは、これまでの工学、製造の分野に加え、教育や観光、そしてハラル産業に力を入れ、人と人との結びつきをより強固なものとしていくことを企図し[5]、マレーシア人の受け入れに関しては、5年で500人の研修員を受け入れる「東方政策2.0研修」を実施するものであった[6]。
 さらに、2018年に再び首相となった「東方政策」の提唱者であるマハティール首相と安倍首相とが2019年5月31日に首脳会談を行い、東方政策を礎にした重層的な協力関係をいっそう前進させることが確認された[7]ものであ る。

2.高専教育の現状
 東方政策による留学生・研修生の派遣のうち、学部プログラム(学部1年次入学)と高専留学プログラムは[8]、人事院が選抜した学生に対し、マレーシア国内において2年間の予備教育(日本語の授業及び日本語による教科の授業)を行う。予備教育機関には大きく3つあるが、本調査では、それら3つの予備教育機関に訪問し、この中でも特に高専留学への予備教育機関を中心に調査を行った。調査時期は2018年3月18日~22日、並びに2019(令和元)年 6 月15日 ~19 日の2回で、面接調査並びに質問紙調査を実施した。

(1)学部プログラムへの予備教育
 東方政策により大学学部1年次への入学を目指す学生を対象とした予備教育は、マラヤ大学予備教育部日本留学特別コースおよび帝京マレーシア日本語学院の2カ所で行われている。以下、その概要と現地調査で明らかになった最近の動向を示す。

 1)マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース(通称AAJ[9])
 AAJは、日本の国立大の理工系進学を目指す「ブミプトラ」を対象としたプログラムで、マレーシア人の日本語・教科担当教員と文部科学省派遣の教員(団長と数学・物理・化学の教科を担当)と国際交流基金派遣の日本語教員で組織される。2年間の予備教育の後、日本留学試験を受験し、基準点を超えれば日本の国立大学(学部1年)に留学でき る[10]。2019年には60名、2020年には49名のマレーシア人学生が日本への留学を果たした[11]。
現地調査では、東方政策プログラムで大学に留学する学生に対して予備教育を行ってこられたマラヤ大学のゾライダ先生を出向中のマレーシアイスラム科学大学に尋ねた。ゾライダ先生によれば、近年は予算の関係で派遣留学生が減少している一方で、中等教育レベルで日本語の授業が強化され、日本語科目はSPM試験にも導入されているとのことであった。このような状況を受け、日本語教師の質を高めることが喫緊の課題であるとも話されていた。
                                                         2)帝京マレーシア学院
 帝京マレーシア日本語学院は、1997年4月に帝京大学グループ校の一員として、KLの日本人会の敷地内に設立された日本語学校である。日本への留学を目指す人のための「日本留学準備課程(全日制)」と日本語を学習する「日本語専修課程」とを有する。
 2002年5月よりマレーシア政府派遣学部留学生留学前予備教育を開始、AAJと2校で2年間の予備教育を実施している[12]。2019年には41名、2022年には36名の日本留学生を輩出した[13]。
 現地調査では、帝京マレーシア株式会社取締役社長の大野好弘氏よりお話を伺うことができた。帝京マレーシア日本語学院では東方政策による日本へ派遣される留学生のうち文系(主に経済)の学生の予備教育を行っているとのことであった。AAJは、予備教育を開始した当初は工学だけでなく経済等を専攻する文系の学生を対象とする予備教育を行っていたが、近年は理工系希望者のみに特化し、文系は帝京マレーシア学院にと大まかな棲み分けを行っているということである。また、このコースのみは、AAJ同様、基本的にブミプトラで構成される。 
 帝京マレーシア学院では、政府派遣留学生以外にも、私費留学の学生も受け入れており、こちらは文系も理系もい る。最近の傾向として、奨学金がローンとなって以降、日本に行く予定の学生が、中国へと流れる状況が起きている。中国は、授業料だけでなく、生活費も与えるフル・スカラシップの方針を採っているからである。先日も中華系生徒のトップ2人が北京大学に進学することとなった。中華系は、ほぼ独立中学(高校に相当)出身である。独立中学は複数の独立中学のみで運営する独自のUECという卒業試験を実施しており、それに合格すると、中国、香港、マレーシア、シンガポールどこにでも行くことができる。
 専門学校であれば日本語がそれほど高いレベルでなくとも入学が可能なので日本に行くが、優秀な人は奨学金が充実していることもあり、中国本土に留学する。3、4年前までは台湾に行くものも多かったが、今は中国本土を目指すとのことであった。

(2)高専への予備教育プログラムの展開
1)マレーシア工科大学高等専門学校予備教育センター(通称KTJ[14])の経緯と概要
 KTJは名称の通り、日本の高専に留学する者たちにAAJ同様の日本留学予備教育を行うための機関であり、2年間の予備教育の後、文部科学省による試験に合格した者は日本の国立工業高等専門学校の3年次に編入することができる。
 AAJは100%ブミプトラで構成されているが、KTJでは非ブミプトラも含まれている点はユニークであり、民族による学習観や学習態度を見ることができる。
 日本の高専への留学は学部留学より1年遅れて、1983年から開始された。当初は東京の国際学友会日本語学校(現日本学生支援機構 東京日本語教育センター)で1年間の予備教育を受けた後に高専の3年次に編入していたが、1990年からは、マラ工科大学(ITM、現UiTM)で6か月の予備教育を受けた後に渡日し、さらに国際学友会日本語学校で1年間の予備教育を受ける形に変更された。そして、1992年から、マレーシア工科大学(UTM)のKLキャンパスに設けられた高専予備教育センター(PPKTJ:Pusat Persediaan Kajian Teknikal Jepun)にて2年間の予備教育を行うこととなった。従って、1993年に日本への派遣はなく、逆に文部省(現文部科学省)から教科教師の派遣が行われてきた[15]。
 ところが、1997年のアジア通貨危機によりマレーシア経済が停滞し、留学生派遣事業の予算充当が困難となった。この影響を受けて、PPKTJも1999年に一時閉校となった。しかし、日本政府は1998年度には無償資金供与、99年度からマレーシア経済が回復する2004年度までは円借款により財政的支援を行い、留学生派遣の継続を図った[16]。これにより高専留学も2000年には予備教育を1年目はマレーシア、その後の1年を日本で受ける形で再開。2003年からは現行同様2年間の現地での予備教育という形に落ち着いた。
 2009年、高専予備教育の主管がマレーシア工科大学からマラ工科大学に移行し、国際教育カレッジ(INTEC: International Education College, UiTM)所属の「マラ工科大学国際教育センター東方政策プログラム高専予備教育コース(KTJ)」とされ、教育場所もUiTMシャーアラムキャンパスに移動した[17]。INTEC自体は、1982年に設立されたマラ工科大学付属の国内外の大学入学のための予備教育機関である。2001年に国際教育センター、2011年に国際教育カレッジとなり、2013年にはINTEC教育カレッジとしてマラ工科大学から独立、私立の教育機関となった。予備教育としては、東方政策による日本留学の他に、英、独、米、豪、韓国留学の予備教育も行っている。日本留学としては、私費やその他の奨学金を得た学生のための予備教育(1年をINTEC,2年目を日本で行う)を行うプログラムもある。そのほかディプロマプログラムや語学を学ぶ短期のコースも有している[18]。
 下の表は、入手可能な範囲でのマレーシアから日本の高専に政府派遣留学生として派遣された学生数を示している。政府の財政事情等により変動があるが、これまでに1,700名を超える学生が日本に留学している[19]。

 

2)高専留学のための予備教育の状況
 2018年に行った第1回の調査においては、INTEC教育カレッジにあるKTJを訪問し、学生の指導に当たられている4名の先生方(Z先生(マレー人)、H先生(マレー人)、T先生(日本人)、K先生(日本人))に教育内容や学生の特徴等について伺い、また翌年度実施予定の質問紙調査の詳細について相談した。
 学生達は日本語を全く分からないところからわずか2年間で日本での受講に耐えられるまで(文科省作成の試験に合格する必要がある)にレベルアップしなければならず、INTECの他の学生に比べて非常にハードな日々を送っているとのことであった。高専進学後はほとんどが大学への編入又は専攻科への進学という道を選ぶそうである。
 翌2019年の調査では、教員・学生と面談するとともに質問紙調査を実施した。
 まず、今回の調査をアレンジしていただいたチーフコーディネーターのY先生(工学博士:化学:日本人)に日本の高専での留学生のアンケート調査結果についての報告を行うと共に、その内容について協議を行った。概略は以下の通りである。
・ INTECはマレーシア国費で日本の高等専門学校に留学する予定の学生に対して2年間の予備教育を行う機関であ る。大学に留学する予定の学生は、マラヤ大学(あるいは帝京マレーシア日本語学院)で予備教育を受けることになっている。学生は人事院に当たるJPAで振り分けられる。マラヤ大学の予備教育機関は100%マレー系だが、INTECは中華系やインド系も含まれている。
・ これ以外にINTECでは、私費留学生への1年間の予備教育も行っている。彼らはその後、東京・大阪にある日本語学校でさらに1年間学び、留学生試験を経て大学に進学する。私費学生の授業料は大体3万リンギット/年ほど。
・ 奨学金は大卒まで出されるので、アンケートで大学まで行きたいという希望が多いのはそのためであろう。大学院まで進学する場合は個別交渉となるようだ。
・ INTECでは日本留学だけでなく、韓国、ドイツ、フランスへの留学の予備教育も行っているが、近年、入学定員が80名から50名に縮小された。さらに、奨学金も返還が必要となったこともあり、定員が埋まらない状況である。今は40+α程度である。
 ドイツ留学が一番厳しく、20人程度しか集まらない。ただし、学生の質が変わったという感じはしていない。

続いて、日本語教師のA先生(マレー人)と面談を行った。
・ ジョホール出身、一般の学校からマラ公団の奨学金を得てINTECの日本語教員養成コース(今は廃止)にて1年間予備教育を受け、さらに日本で日本語の予備教育を受けた後(JASSO)、埼玉県の文教大学に進学、卒業・帰国後INTECに就職したばかりとのこと。
・ 大学時代は、マレー人は自分と女子学生の二人だけで友達も少なく不安も多かった。1年の時は、あまり大学に行く気にもなれなかったが、とにかく必修だけ受講しようと頑張った。その後、サークルに入ったことをきっかけに日本人の友達も増え、日本語を使うチャンスも増えた。日本語は、勉強してきたものと実際に話すものとは違っていて最初は戸惑った。友達と話しながら間違いを指摘してもらい自分で直していた。
・ 食生活については、最近はオンラインでハラルも入手可能であるし、30分くらいでハラルの店もあった。お祈りの場所はなかったが、図書館など静かなところでお祈りをしていた。
・ 現在は、日本語予備教育の教員として教鞭をとっている。学生は恥ずかしがり屋もいるが皆元気が良い。高校で日本語を勉強していたものもいるが、週2回程度。授業では教材に示されている例文が適切でなく、日本で学ぶ場合は問題ないが、マレーシアでは通じない場合があるので使い分けを意識している。自分の時は漢字が大変だった。
・ INTECで自分が教えているのは1年生。まだ100語程度しか学んでいない・中華系も漢字を間違えたりする。日本の文化について話すチャンスはまだない。
 Q:日本の英語教育について
 A:暗記や文法でつまらないと思うかもしれない。日本語英語しか勉強していない。
  先生の教え方もある。教科書一辺倒だと楽しくない
 Q:なぜ日本を選んだのか?
 A:元々は英語圏に行きたかった。当時、韓国がブームだったので、逆に人気に乗っから
  ず日本に行こうと思った。

次に、教科を担当されているN先生(日本人)との面談を行った。
・山梨県に家がある。東京、千葉、名古屋、北海道と移動し、北海道で博士号を取ったのち、民間で20年ほど働いていた。特に、高専出身というわけではないが、専門は物理理論で、民間では統計力学(物理現象)をしていたことから、苫小牧高専の同級生の推薦を受け、2年前からINTECで教えている。
・INTECでは、短期間で教えなければならないため、言葉のギャップに戸惑っている。学力差が大きいが、博士課程時代に塾や家庭教師をしていた経験を生かし、わからないという生徒に噛み砕いて教えるようにしている。生徒自体はおとなしく従順で反発などする子は全くおらず、教えやすい。
・(自分の印象では)圧倒的に中華系ができる印象。
 日本の高専を目指すコースではあるが、本当は文系が良かったとか、韓国が良かったという生徒もいる。ちなみに韓国は、1年コースで語学学校のような形となっている。
 生徒の4分の1は高校で、ある程度の知識を身につけてきている。お金持ちばかりではない。
・専門用語については例えば「力積」は英語でImpulsというが、そういう用語が出てくるたびに辞書で調べ、確認している。また、テキストは高校の教科書を使用しているが、穴埋め式のプリントで行なっている(先輩方が作ったも の)。
 生徒は、サバ、サラワク出身も多く、自立心が強いと感じる。同じ民族間の結束は強く、マレーの女性は女性だけで固まる傾向にあるようだ。
・生徒たちは、フェイスブックなどで先輩の情報(日本の高専いいよ!)が入る。親がKTJだったという人もいる。
・理系の勉強をしたのに、卒業後は金融機関や政府で働くものが多い。
・政府の政策で、2年ほど前から奨学金がローンになったため、学生数同様、教員定数も削減された模様。教員はいつ首を切られるかわからない状況でもある。娘夫婦がKLに住んでいることから半分ボランティアでこの仕事を引き受けている。

 

J先生(日本語教師:マレー)
・ALEPSに所属。同会も1988年に結成され、2018年で30年を迎えた。
・高専でのマレーシア留学生の評価は高い。
・高専の奨学金は3年前から減少。半分以上減ってしまった。INTECでは、私費留学生向けの1年コースもある。2年目は日本で日本語その他の予備教育を受ける(JASSO)。こちらはrequirementあればOKだが、学費が2.5万リンギットと高いので希望者はなかなかいない。   
・(インタビューをした)A先生は日本語教員養成コースの4期生だが、今この制度はない。
・日本留学へのアスピレーションは低くはないが、期間が長く、7年もかかるのがネックである。予備教育だけでも2年は必要だが、マレーシア国内での進学であれば、4年でOKもある
Q:マレーシアにも日本の高専のような教育期間はあるか
A:中学を終わったものが進学するPolytechnicのコースはあるが、vocationalに近い。
Q:30年経って、親も日本留学経験者というケースもあるようだが
A:経験し、苦労したから行かせたくないという人も多い。卒業生は、まずは日系企業に就職したが、今は独立して自分の会社を立ち上げている人も多い。
・自分の時はアジアから来ている留学生は差別意識を持たれている印象があった。
・英語教育については、日本語訳の授業が嫌と聞いたことがある
・噂では、N高専は寮生活が厳しいそうだ
・今、授業も受け持っている。(週7コマ)
 日本の学校との交流については、5年ほど前から徳山高校の生徒さん(理系)が2、30人ほど来られ、1日交流をしている。
・INTECの教員については、公募をするが、数学の先生に関して、予定の先生が病気で来られなくなり、急遽高専機構に依頼し、派遣してもらった。

H先生(日本語教師:マレー)
・2011年和歌山高専卒。・・2016年にJASSOの研修で日本に行く機会があり、その際、和歌山に挨拶に行った
・INTECは、8時から16時までが授業で全ての科目が必修。宿題も出る。
・2018年に学生を10人ほど連れて八戸高専に行った。JASSOから予算をもらったもので、1週間ほど、で首都大学東京や、お台場にあるハイテク施設などを見学した。今年は担当者が変わったためにこの企画がなくなってしまった。
・自分の担当は日本語だが、Y先生と基礎科学のチュートリアルも行なっている。
・生徒は、奨学金を得ているだけに優秀であまり問題はない。2年の予備教育の最後に文部科学省の試験を受けなければならないが、2013年に一人落ちた以外は100%の合格率である。
・1年間の私費留学生のコースは、今年11名が卒業し、日本に行った。今年の入学生は6、7名程度である。このコースは文系も受講できる。その場合は数学のみ高専生と一緒に受ける。
・日本語については、INTECで初めて学ぶものも多いが、今は、全く基礎がなくても日本語学習のアプリをダウンロードして独学している人が増えた。
・自分が日本に留学した時、標準語を勉強していたので、方言に戸惑った。気候も合わなかった。友達は問題なかっ た。先輩後輩関係も、自分の時、同じフロアには留学生とチューターだけだった事もあり、厳しくなかった。その時のチューターとはお互いサッカーが好きなことから意気投合し、今も連絡を取り合っている。
・卒業生のFBを見ても特に問題はなさそう。ただ、N高専やH高専は厳しくて有名(留年が多い)
・高専での英語の授業は訳が多く、日本語の授業の様だった。ただ、TOEICの成績で受講免除になった。
・INTECでも2年になると実験を行う。物理と化学。実験後のレポートもある
・近年の動きとして、筑波大学がマレーシアでキャンパスを作ろうとしている。
・高専機構は、年に一度文科省試験の時に来馬される。

学生へのインタビュー
1回目(女子)
 ①A中華系 ケダ州出身
 ②B マレー系 セランゴール・ペラ出身
 ③Cセランゴール出身
Q INTECに来たのはなぜ?
 ①7年間で40万リンギットの奨学金がもらえることから家族と相談して日本への  留学を決めた。実は母は、日本(大阪)で働いたことがあるので、日本語が話せる。
  教えようとしたが、その時は興味無く教わらなかった(少し後悔)。
 ②自分も親と相談して日本留学を決めた。姉はフランスに留学中
 ③高校生の時から日本に興味があった
Q どの分野を学びたいか
 ①soft engineer
 ②chemical or material
 ③chemical
・INTECでは、化学の授業が難しい。宿題もたくさん出て大変。
・You-tubeなどで高専の先輩が面白い活動を紹介してくれる。
・奨学金がローンになったが、政府の機関で働けば返済不要なこともあり、それほど心配していない。
・留学後は、授業についていけるか、食べ物が口に合うか、友達ができるかなど心配なこともあるが、日本に行ったら旅行やアルバイトも楽しみたいと思っている

2回目(男子)
①D(中華系)サラワク・クチン出身
②Eビダユ系、サラワク出身
③Fマレー系、ケダ・アロースター出身
Qなぜ日本への留学を決めたか
①両親の影響 (特にアニメが好きというわけではない)
②姉がナルトが好きでその影響を受けた
③日本のアニメが好きだから(ナルトや鬼滅の刃が好き)
Q得意な科目は?
①物理、機械・建築希望
②化学 電子工学希望、・
③物理、電子工学希望、
Q 日本に行ったら何がしたいか
①東京に行きたい
②田舎に行ってみたい
③富士山に行きたい 
③2016年にSakura exchange programで1週間日本に行ったことがある。
 ・日本の高専については、What's UpやYou-tubeなどで先輩から情報を得ている。

 東方政策プログラムによって派遣されるマレーシア留学生は今年で36期生目を受け入れることになる。学生にとって、また日本とマレーシアにとって実り多きものになるためには、相互の産業構造、教育レベル、経済状況に基づく留学方法と内容の変化が必要だと感じた。また、マレーシアは日本以上に理論重視、実践軽視の傾向が顕著にみられ、高専を含む工業系の高等教育機関としてはJABEE認定しかその学位を認めないとのことであった。
前回の宇部高専でのインタビューにおいて、JABEE認定はカリキュラム等にも縛りが多く、大変な苦労があると話されていたが、マレーシアでは私立高等教育機関としてNQF(マレーシア教育の質のフレームワーク)への準拠も必要であり、マレーシアを事例としてみるだけでなく、今後高専が国際展開していく際には、「国際基準」をどのように踏まえて教育プログラムを構築していくか検討が必要となると思われる。


[1]拙著「マレーシアにおけるルック・イースト政策成立の背景と展開について」九州教育学会研究紀要第4巻1996年 8-12頁
[2]ブミプトラとは土地の子を意味し、マレー人及びイバン族などの先住民族を指す
[3] 在マレーシア日本大使館 https://www.my.emb-japan.go.jp/JIS/LEP/top.html
[4]山本博之「ルックイースト政策(東方政策)の30年と今後の展望」JAMS Discussion Paper No.2 pp.44-53 及び外務省HP「東方政策30周年」https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/malaysia/touhou30.html          [5]「マレーシアと日本、「東方政策2.0」で強固な関係を構築 日本のハラル市場は成長のチャンスか」~出島~海外ビジネス最前線 DIGIMA NEWS HP https://www.digima-news.com/20190124_42922 およびMalaysiakini HP, “Malaysia-Japan ties to soar to a new level” https://www.malaysiakini.com/news/460732
[6]外務省HP「日・マ首脳会談」(平成27年5月25日)https://www.mofa.go.jp/mofaj/s_sa/sea2/my/page4_001219.html 
[7]外務省HP「日・マ首脳会談」(令和元年5月31日)https://www.mofa.go.jp/mofaj/s_sa/sea2/my/page4_005018.html
[8]その他、大学院プログラムや大学3年次編入プログラム等がある。
[9] マレー語でAmbang Asuhan Jepun(日本留学への入口)の意
[10]岡本義輝[2003]「ルックイースト政策30年の功罪と今後の課題」 南山大学アジア・太平洋研究センター報 第9号pp.26-43, pp.27-30 および 仙石祐「日本とマレーシアの高等教育連携-様々な視点から見たMJHEPの取組み―」ウェブマガジン『留学交流』2015年5月号 vol.50,pp.15-24
[11]在マレーシア日本大使館 https://www.my.emb-japan.go.jp/                      [12] 帝京マレーシア日本語学院 HP https://www.teikyomy.com/ja/greeting/
[13]在マレーシア日本大使館 https://www.my.emb-japan.go.jp/
[14]マレー語でKumplan Teknikal Jepun(高専留学組)の意
[15]入手資料「INTEC概要2013」より
[16]  在マレーシア日本大使館 前掲HP
[17]岡本義輝 前掲 pp33-34
[18]INTEC HP https://intec.edu.my/about-us/about-intec/background
[19]国際交流基金HP「高等教育 日本留学のための予備教育」 https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2017/malaysia/html
[20]1983~94年は 拙著 p.10、94~2008年及び19,20は在馬日本大使館HP,2009~13は「INTEC概要2013」に基づき作成