関連研究3:モンゴル

モンゴルの教育発展に関わる日本の教育協力と日本式学校の創設

宮前奈央美

1. はじめに
モンゴルは、国土は日本の4倍はあるものの、2015年に人口300万人となった小さな国である。中国とロシアという二大国に挟まれ、人口も少ないモンゴルは、子どもを非常に大事にし、人口増加と教育が国を発展させると掲げている。子どもを取り巻く状況は年々厳しくはなっているが、教育内容の充実や教育年限の伸長等の教育改革や、世界の有名大学への留学には政府から奨学金を出す等の政策を実施している。本稿では近年の教育年限12年制へ移行やコア・カリキュラムの導入等、近年のモンゴル国の教育概況、これまでの諸外国からの教育協力、また現地で実施した調査結果をもとにモンゴルにおける日本語教育事情及び日本語教育を実施している学校の事例を紹介する。


2. モンゴル国の教育概況
モンゴルは1990年に社会主義から民主主義へと体制移行を経験し、民主化後間もない90年代前半は社会やその教育も混乱に陥った。90年代後半からは各国政府や国際機関による援助や社会的安定によって、教育の安定とその後の発展が見られる時期である。
1991年には共和国教育法が公布され、教育分野にも民主化の影響が及んだ。これにより私立学校の導入や学校制度の4・2・2制、政府の教育に対する責任等が定められ、モンゴル初の私立大学設置も認可された。1992年には新憲法が制定され、教育への権利を明示し、私立学校の組織も権利として定められている。この時代の教育は、それまで否定されていた自民族の文化や歴史、伝統の回復と同時に、非社会主義国家との教育的関係がより強いものとなっていく。しかしその過程では体制移行に伴う社会の混乱と緊縮経済による教育予算の削減などが教育に大きく影響し、就学率が70%前後に下がったことやドロップアウト率も5%となるなど、社会主義時代には見られなかった教育問題が次々と現れ、教育混乱期であったといえる。しかしこの時期でも、社会主義時代に築いてきた高い就学率や教育的充実が、この時期の識字率や就学率の低下等を最小限に抑えたと考えられる。
90年代後半に入ると、GDP成長率もプラスに転じるようになり、就学率の回復やインフレ率の低下 や教育費の増加が見られ、教育の後退は止まり、発展へと向かっていく時期に入っていく。1994年には「モンゴル人材開発教育改革プロジェクト・マスタープラン(1994-1998)」が承認されて教育改革が進められ、その間教育法の制定も進められた。1995年には教育法が教育基本法、初等中等教育法、高等教育法に分化され、教育に対する国の保証を明記、教師の地位確立が目指された。さらに1998年には1995年教育法の一部改正により、再び4・4・2制に戻り、初等中等教育として初めてのナショナルスタンダードが制定された。
さらに、持続的経済成長による貧困の削減を基本的目標として、2000年には施政方針「政府行動計画(2000-2004年)」が策定され、その基本的目的の一つに教育環境の整備が掲げられた。この時期は、依然としてドロップアウト率が2%前後を推移していることや不登校の問題、また教育施設の老朽化や設備が新しく更新されていないことなどが教育問題として現われている時期である。また1999年策定の「モンゴル国教育セクター戦略2000-2005」は、教育文化科学省を中心として各国や国際ドナーが教育分野へのセクターワイドアプローチによる援助を行ったものである。その結果、市場原理システムに適応した教育発展政策、学校の合理化モデル、新カリキュラムとそれに附随した教科書改訂と出版計画、教員養成課程の学生や現職教員の教師訓練などが構築されたことが挙げられる。さらに戦略的計画設計、政策決定、調整機関としての役割を果たすような教育文化科学省の再編なども行われた。
こうした戦略目標から課題として出てきた「生徒を中心とした授業つくり」は、2002年にその推進に焦点が置かれた。生徒が自発的に学習を行うことができるような教授法に重点が置かれ、教師から生徒への知識伝達型の授業を見直す動きが見られたのである。さらに2005年より初等学校6年、前期中等教育3年、後期中等教育3制の12年制へと移行することが教育法に盛り込まれた。しかし実際には、2006年9月から5・4・2の11年制に移行し、12年制になったのは2008年からである。これは、これまでの課題や2005年に国会で承認された「ミレニアム開発目標」を受けて2006年に発表された「モンゴル教育開発マスタープラン2006-2015」の中で「2008-2009年度に12年制システムへと移行する」と再規定され、実現したものである


表1:モンゴルの12年制への移項スケジュール
年度 学年
2007-2008 1(7歳) 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
2008-2009 1(6歳)☆
1(7歳) 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
2009-2010 1☆ 2☆ 7★
2 3 4 5 7 8 9 10 11
2010-2011 1☆ 2☆ 3☆ 7★ 8★
3 4 5 8 9 10 11
2011-2012 1☆ 2☆ 3☆ 4☆ 7★ 8★ 9★
4 5 9 10 11
2012-2013 1☆ 2☆ 3☆ 4☆ 5☆ 7★ 8★ 9★ 10★
5 10 11
2013-2014 1☆ 2☆ 3☆ 4☆ 5☆ 6☆ 7★ 8★ 9★ 10★ 11★
11
2014-2015 1☆ 2☆ 3☆ 4☆ 5☆ 6☆ 7☆ 8★ 9★ 10★ 11★ 12★

 2008-2009年度から6歳入学が始まり、2014-2015年度に初めての12年生が卒業した。この12年生は、上の表を見ると分かるように6年生を政策的に飛び級させ5年生から直接7年生に進級している。また表で学年が重複している年は、それぞれ違うカリキュラム、教科書が使用されていた。2015年6月に初めて誕生した12年制卒業生は、就学期間は11年間であるため、初等中等教育で12年間学んだとは国際的に認められず、直接外国の大学へ進学することは難しい。そのため、未だ外国留学には現地での1~2年間の語学学習や準備コース等への就学、またはモンゴルでの高等教育機関等での就学が必要となっている。これが国際的に認められる12年制となるのは、6歳入学した生徒が卒業する2020年となり、それまでは上記のような課題が残る。
 12年制教育への移行と同時に実施されたのが、教育カリキュラムの改革であるケンブリッジ・スタンダードの導入とそれを基盤としたコア・カリキュラムの導入である。ケンブリッジ・スタンダードに関しては、2010-2011年にウランバートル市内の3校、2012-2013年度にはモンゴル全土の国立学校31校の実験校で導入、実施されたが、政権交代による影響もあり、2013年3月にケンブリッジ・スタンダードの試行は取りやめとなり 、2013-2014年度に新たな実験校を含む40校でコア・カリキュラム が試行され、翌2014-2015年度から全国の国立学校で小学生に対し導入、実施されている。コア・カリキュラムは児童中心主義に基づき作成されており、その目的は、「子ども一人ひとりを、母語・伝統文化・習慣を尊重する、学習方法や能力開発をする、自尊心が高く、想像力があり、健全で正しい生活習慣に沿い、生涯学習し、協調することのできる市民を育成するための教育、活動を実施する」とされている。小学校相当の5年間を1~3年生、4~5年生の2つに分け、それぞれ教科と授業週数が以下のように定められている。

表2:小学校課程のコア・カリキュラム
授業科目 学習を支援する活動
1~3年生
(32週/3年生のみ34週) 4~5年生
(34週) ・ 市民教育
・ 生きる力をもって学習する活動
・ 課外活動
モンゴル語
数学
人と環境 人と自然
人と社会
芸術(音楽/図工/技術)
体育
英語
出所)2014年6月3日付教育・科学大臣令「学習計画、コア・カリキュラム、作業部会の構成について」

 コア・カリキュラムは2015-2016年度には40校の実験校で9~12年生課程の試行が行われており、翌年度から全国規模で実施される予定である。また就学前教育として幼稚園でもコア・カリキュラムが導入が計画されており、今後就学前教育から後期中等教育まで、園児・生徒中心の学習が一貫して導入され、モンゴルの教育制度改革が実施されていくことが期待される。

3. モンゴル国への日本の教育協力 
民主化直後からADBをはじめとして、UNESCO、世界銀行、UNICEF、UNDPなどの国際機関、また日本、韓国、アメリカ、カナダ、デンマークやオーストラリアなどの多くの外国政府がモンゴルに対して教育協力を行ってきた。また外国NGOの活躍も大きく、ストリートチルドレンの保護から道徳教育や教科教育にまでその活動は広がっている。社会主義時代には、ソ連をはじめとした社会主義国家からの支援で発展してきたモンゴルであるが、民主化後は西側諸国の支援や国際機関の支援、またNGO等の民間支援などの教育協力を多く受け入れ、自国では賄いきれない教育予算を確保してきた。このように民主化前後で支援を受ける先の変化はあったが、1924年の独立以来、教育施設や設備、さらに内容に至るまでモンゴルの教育の発展と復興には外国からの支援が大いに貢献してきたと言える。
ここで日本のモンゴルに対する教育協力を見てみよう。日本政府は一貫してモンゴルの教育を重視した有償・無償資金協力を実施してきた。2000年以降には無償資金協力で学校建設、大学や研究所に対する機材供与、公務員の留学支援や、JICAのプロジェクトや日本のNGOを通じた教育支援等を実施してきた。特に1999年~2013年にかけて実施された「初等教育施設改善計画(第1次~第4次)は、モンゴルの就学年齢の低下や人口増加・人口流入による慢性的な教育施設不足を解消するために大きく寄与している。これはウランバートル市に計45校、ダルハン市・エルデネト市で計10校の新規建設及び増築を行い、教育施設を整備したものである。またモンゴルでは1990年から実施されている草の根人間の安全保障無償資金協力では、1件1000万円以下の案件で、教育に限らず保健・医療等幅広い分野に支援しているが、モンゴルに対する支援の60%以上は教育分野に集中している。特に近年では、社会主義時代に建設された校舎や寄宿舎の老朽化に伴う改修や新規建設、増築を中心にハード面での支援が中心となっている。その他国費留学生として平均約70名を受け入れ、それに加え無償資金協力の人材育成奨学計画(JDS)でおよそ20名を毎年受け入れている。またJICAの技術協力プロジェクトによる子どもの発達を支援する指導法プロジェクトや障害児教育改善プロジェクト、またADBを通じた寄宿舎改修プロジェクト等、日本政府のモンゴルへの教育協力は、直接的・間接的なものを含め、多岐にわたっている。上記のコア・カリキュラムは「子どもの発達を支援する指導法プロジェクト」実施後に導入されており、プロジェクトの成果が反映された良い例だと評価できる。
またモンゴルの市場経済を担う人材の育成を目的として、日本の無償資金協力により、2002年にモンゴル教育省及びモンゴル国立大学との協力の下、同大学敷地内に設立されたモンゴル・日本人材開発センターは、日本文化や日本語の学習拠点として知名度も高く、利用者も非常に多い。日本語コースの他、ビジネスコースや市民講座等を実施し、図書館も備えられている。現在では留学情報や国際交流基金のモンゴル拠点としての機能も果たしており、日本との交流や日本語学習者にとって、なくてはならない施設となっている。
その他、民間の教育協力も活発に実施されている。NGOを通じた生徒や学生の交流活動や孤児院の支援、理科の実験を通じた支援等、その種類は非常に多い。また学校間交流も盛んで、特に大学間交流では、1年間の交換留学や夏季研修の相互受け入れ、共同研究プロジェクトなどが学校単位で実施されている。自治体交流でも独自の奨学金でモンゴル人留学生を受け入れたり、小中学生の生徒の交流を積極的に行ったりと、様々なレベル、形態での教育協力や交流が行われている。

4. モンゴルにおける日本語教育の位置
 モンゴルにおける日本語教育は、1975年にモンゴル国立大学文化学部内に、副専攻として日本語コースが開設されたことに始まる。それ以前には、ソ連や内モンゴル、満州国等で日本語を学び、通訳等として活躍していた例はあった。その後1990年の体制移行後、同日本語コースは日本語学科として独立し、主専攻科目となった。同1990年には国立第23番学校で初等・中等教育レベルとして初めて日本語教育が開始された。
 モンゴルには現在、国立私立合わせて762校の初等中等学校 があるが、そのうち33校で日本語が教えられている。33校のうち31校が首都のウランバートルに集中しており、うち私立学校は20校を占める。第一外国語として小学校1年生から必修化している学校もあれば、国際感覚を身につけるために日本語に触れることを目的としている学校など、その学習内容とレベルは様々である。私立学校二校について、現地調査を実施した。詳細は後述する。学習者はおよそ5600人と言われている。学習指導要領に当たる教育スタンダードは、モンゴル日本語教師会を中心としたワーキンググループによって編纂され、これに準拠した教材の開発・発行された。初等中等学校では、4年生から英語が第一必須外国語として、また7~9年生ではロシア語が第二必修外国語となっている。学校によっては日本語、中国語、韓国語、フランス語、ドイツ語等の学習の機会が設けられている。必修科目となっているため、英語、ロシア語の学習者が最も多く、中国語、日本語、韓国語と続いている。
 モンゴルには現在、私立も含め220ほどの大学があるが、そのうち日本語教育を提供している学校は45校に上る。大学では、シニアボランティアや青年海外協力隊などのJICAボランティア、以前ボランティアとして活躍し終了後も個人的に継続している人、また日本で留学生との交流に力を入れていた人など、多くの日本人が日本語教師として活躍しているが、特に経験を積んだ年配の方が多い。また、モンゴル国立大学法学部には、名古屋大学の日本法教育研究センターが設置されている。これは名古屋大学が文部科学省の支援の下「日本語による日本法教育」を実現するために設置した、体制移行国の現地大学と協力して日本語・日本法の教育を行なうための組織である 。モンゴルでは2006年9月に開設され、モンゴル国立大学法学部新入生のうち、毎年20名ほどの希望者を募り、日本語の基礎から日本法まで、5年間かけて学んでいる。ここには名古屋大学から日本語教育と法学教育の講師が派遣されている。日本語学や日本文化中心に学ぶ他の学校とは一線を画す活動をしていると言える。
 モンゴルの日本語教育を総括する「モンゴル日本語教師会」は1993年に設立され、1998年にモンゴル法務省に登録された団体である。大学、初等中等学校、民間日本語学校に勤務する日本語教師が加入しており、会員数は約60名である。原則として2ヶ月に1回、日本語教育および日本語教授法等についての研究会を開いている。また2000年より日本語能力試験、2002年からは私費留学試験実施に伴い、モンゴルでの実施協力機関として携わっている。さらに日本語の教育スタンダード、独自のテキストを作成し、初等中等学校での日本語教育に寄与している。

5. さくら学校の事例
 ここで、モンゴルの日本語教育の事例として、2015年5月に実施した現地調査から、首都ウランバートルにある2校の私立学校を紹介したい。
 さくら学校は、1999年にソタイ小学校として創立され、2004年に小中高一貫校となった。2014年には新校舎に移転し、日本の学校教育を取り入れた新体制でスタートした。ウランバートルの私立学校は、それぞれ外国語や数学など特定の科目に力を入れ、それを生徒集めの売りにしているが、さくら学校は数学と外国語、特に日本語に力を入れている。日本人教師3名、モンゴル人教師3名が日本語を担当している。日本の私立大学と連携を結び、毎年モンゴルで行われる入試の窓口となっている。年間およそ3000米ドルの授業料を徴収し、生徒数は小学生から高校生まで130人程度の小さな学校である。1年生から日本語が必修科目であり、週当たり小学生4~6時間、中学生の8時間、高校生6時間と、学年に応じた時間数で教えられている。入学者の約70%が日本留学を希望しており、さらに日本からの帰国子女も多く在籍している。同校で日本語力を維持しつつ、日本留学への学力を身に付けたい、また新たに日本語学習を始めて将来の留学に備えたいなど、様々な要望に即した日本語教育が必要となっている 。日本留学を目標とし、①少人数制の到達度別クラスで授業を実施し、日本人教師の授業では直接法による指導を実施、②3年生から日本の小学1年生の漢字の学習を開始し、卒業時には6年生の教育漢字1006字の完全習得を目指す、③2年生から日本文化の授業を取り入れ、日本研修を実施するなど、日本への順応性・適応力を育成、④日本語能力試験受検を奨励し、放課後補習を実施、卒業時にはN2以上の合格を目標とする等、積極的な日本語学習を実施している。学校行事としては夏季日本短期留学プログラム、日本語祭り、宿泊学習での日本語による発表など、日本文化や日本語に触れる機会、発表の機会が多く準備されている。また日本からの帰国子女を積極的に受け入れることで生徒のモチベーションの向上や学校全体の日本語能力の向上につなげようともしている。この学校からは毎年15人程度の卒業生が日本に私費留学しているが、こうした努力は卒業生の日本留学という形で世間に示され、日本とのつながりの深さが新たな学生の開拓へと繋がっている。
 さらに理事長のデルゲルマー氏は国費留学生として日本の高専、大学を卒業したのち、日本企業に長年勤務した経験を持つ。ICTを駆使して授業・成績管理システムを自身で開発・採用しており、毎日の宿題から学期毎のテスト、生徒の学習態度等が一貫して管理されている。これが評価され、ウランバートル市に優秀なICT活用学校として表彰された経験を持つ。学校としては現在、理事長の出身校である長岡技術大学とAPUへの留学が多くを占めているが、今後は国費留学生として国立大学への留学生を輩出しようと学校をあげて取り組んでいる。
しかし日本語教育についての規定のカリキュラムが作成されたばかりで、学校の自由裁量に任せられているため、様々な問題も抱えている。モンゴルでは、学校への入学や転入などが簡単な手続き により行われ、また生徒側もイメージとの違い、授業料が支払えない等様々な理由からすぐに転校するため、生徒がすぐに入れ替わる。そのためレベルがまちまちになる。また教師に関しても入れ替わりが激しく、学期の途中で担当教師が変わることが多々あり、授業進度や生徒の理解にも直接関わってくる。日本語教師に関しては、教員免許制度が確立されておらず、「日本語を知っている」者が教師に採用されるなど、教師の質が十分に確保されていないという現状がある。さらに施設・設備の充実や教科書の確保など、環境整備が急がれる。またモンゴルの学校行政の未整備から、学校評価システムが確立されておらず、民間による様々なランキングでは本来の評価がなされていない。そのため学校広報等がうまくいかず、生徒集めに苦慮しているとのこと。またモンゴルの私立学校は政府からの助成金等はなく、授業料のみで学校運営を行うため、生徒からの授業料徴収は大きな課題であり、それに見合った教育提供が学校運営の大きな部分を占めている。

6. 新モンゴル高校の事例
 次に、新モンゴル学校の事例を紹介したい。新モンゴル学校は創立15周年を迎える小中高校一貫の私立学校である。現在の理事長が現職の教員だった当時、教師研修留学生として日本に国費留学し、豊かな人間性と育てる日本式の教育に感銘を受け、日本の友人らの支援を受けて設立された学校である。開校当時は高校のみであったが、現在は小中高校一貫の学校となっており、また高専や科学技術大学も併設し、複合的な教育を提供している。教育理念として豊かな人間形成、母国モンゴルの指導者となるリーダーの育成を掲げている。小学校課程には1学年に4クラス90名程度、中学高校課程では1学年に4クラス約130名がそれぞれ在籍しており、モンゴルの私立学校としては規模の大きな学校である。卒業生の日本等への留学実績から、人気の高い学校であり、小学校入学試験では毎年大変な倍率となっている。
 同校の教育課程は基本的にはモンゴル政府の定めるシラバスに則っているが、モンゴルの教育課程が12年制に移行した現在でも、11年生までで全てのシラバスについて修了し、12年生では留学試験に向けた受験勉強として、日本の教科書や参考書を利用して学習する。日本政府奨学金留学を第一の目標とするが、日本留学試験(EJU)を受験させて私費留学生としても多くの留学生を輩出している。EJUのモンゴル会場では、回を重ねる毎に受験数が増加しているが、そのほとんどが新モンゴル高校の在校生や卒業生である。また日本企業や日本の大学と提携し、同校卒業生や在校生を対象とした独自の奨学金制度や受験制度を持っており、これらも日本留学に多大な貢献をしているようである。
 日本語の学習は中学校課程から開始される。日本人の日本語教師は3名在籍しており、1名はJICAからのボランティアである。2名については、桜美林大学等との提携により、日本語教師の資格をもった卒業生を日本語教師として受け入れるという制度を取っている。大学側にとっては卒業生の就職先を確保でき、新モンゴル学校側としては、確実に日本語教師を確保できるという、両者にとって利点があるものとなっている。理系教科を中心に日本の教科書等を使って学んでいる同校であるが、日本語教師は日本語と受験指導のみを担当し、理系教科については受賞歴もある優秀なモンゴル人教師が担当する。彼らは日本語を話すわけではないが、自身の教科に関する日本語の単語やその意味等については深く理解しており、日本の教科書を使ってモンゴル語で授業を実施しているとのこと。これら日本の教科書は、中古の教科書等が図書館に揃っており、生徒はそれを借用することができる。同校の教師が編集した問題集を用いて学習する事もある。モンゴルの学校では実験器具が不足しており、教科書のみで理論を学習していることが問題視されることが多々あるが、同校では日本や台湾から寄付を受けたり購入したりして、実験器具はとても充実している。モンゴルの大学では初等中等教育と同様実験器具が不足しており、基礎的な実験も実施できない場合があるため、大学教育の現場よりも充実しているといえるのではないだろうか。
 新モンゴル高校では受験指導について、日本人の日本語教師や卒業生も手伝い、全校体制で取り組んでいるという印象を受けた。上記のとおり11年生までで全課程を修了し、12年生は復習と受験のための勉強にあてる。12年生ではEJUを受験して試験に「慣れ」たり、卒業間際の6月に実施される日本政府奨学金留学生試験を受験するため、そのための受験勉強をする。6月に卒業後、モンゴルの大学入学試験を受験し、9月にはモンゴルの大学に入学する。これはEJUや国費留学生試験の結果がまだ出ていないことが関係しており、モンゴルの大学に入学した後も、留学のための受験勉強を継続することとなる。多くの卒業生は第2セメスターを休学して受験勉強に励むそうで、まるで日本語予備教育試験準備校のようである。試験直前には同校の教員が引率して日本に受験旅行に行き、合宿の形で準備を行う。その際、日本留学中の卒業生も集まり、身の回りの世話や激励を行う事が伝統となっているとのこと。桜美林大学や東京国際大学等と提携しており、独自の受験ルートを持っている。これらの提携大学への留学は、校内選抜後、大学へ送り出すという形を採っている。卒業生が優秀な成績で学んでいるため、さらに多くの大学との提携が進んでいるそうである。
 新モンゴル高校はモンゴルの私立高校では非常に成功していると見ることができる。日本からの支援をうまく利用することで留学生の輩出で成果を出し、入学希望者の増加や規模の拡大、それが更なる優秀な生徒の獲得へとつながっている。

7. おわりに
 モンゴルでは現在、教育改革の中途であるといえる。12年制への移行は完全に終わっておらず、コア・カリキュラムの導入も教師の理解不足もあり、まだ完全に普及できているとは言い難い状況である。そんな中モンゴルは鉱山資源開発の恩恵もあり、飛躍的な経済成長を見せ、一人当たりのGDPも大幅に増加しており、ODA特に無償資金協力の卒業間際となっている。そのため今後、モンゴルへの教育協力は形を変えていくものと考えられるが、実際の教育の現状は、多くの多角的な支援を必要としているようである。
 日本語教育の状況も、民主化後日本語教育が普及した頃とは状況が変わってきている。日本との関係は多面的になり、関係も深化しているが、日本語を学んでも直接的に職に結びつくことは以前よりも難しくなっており、日本語学習の利点が見えないことが関係している。ただ日本語学習者は減少しつつも、日本への留学熱が下がっているということはなく、日本で様々な専門性を身につけ、モンゴルの発展に貢献したいという留学生の思いは変わっていないようである。
 またモンゴルでは現在、JICAの円借款プロジェクトとして「工学系高等教育支援事業」が進められている。上記の鉱物資源開発に伴う産業人材の育成に対するニーズの高まりから、高等教育の工学系への進学者は急増している。しかしこれに教授陣の博士号取得者数等、教育の質の向上が追いつかない、また教員数の不足も問題となっている。同事業では国際共同教育プログラム(日本の大学との学部ツイニングプログラムやカリキュラム改善の実施)や、教員育成プログラム(日本の博士・修士課程への留学)、教育・研究用機材整備、日本・モンゴル両大学間の共同研究、高等専門学校への留学プログラムが実施される 。またこれとは別にモンゴルでは3校の高専が開校しており、3校をまとめる形で日本の高専機構に当たる組織も、教育・科学省管轄のNGOとして運営されている。
 このようにモンゴルの教育を取り巻く状況は、刻々と変化しているが、日本の科学技術や日本そのものへの憧れが日本留学や日本語学習として現れているように思われる。今後より多面的、多角的となるであろう日本・モンゴル関係が、教育を通じた協力関係にも良い影響を与えていくこととなることを期待したい。

 

 

1.1992年をピークとして下がり始め、1999年までのデータでは低レベルで推移しているが、これは市場経済への移行期には珍しいとされ、IMFの分析によると、政府による金融政策、銀行システムの再構築などのよるものであるとされている。
全国での導入は取りやめとなったものの、ウランバートル市内のケンブリッジ実験校3校では、選抜中等学校としてケンブリッジ・スタンダードによる教育が実施されている。
2014年6月3日付教育・科学大臣令「学習計画、コア・カリキュラム、作業部会の構成について」により小学生のコア・カリキュラムの内容が規定され、全国の学校で導入されている。
モンゴルでは、小学校から高校まで一貫して行う学校がほとんどである。本稿における「学校」は、大学を指す場合以外は、小学校から高校までの初等中等学校を指している。
名古屋大学日本法教育研究センターHP http://cjl.law.nagoya-u.ac.jp/content/1
さくら学校学校紹介資料より。
私立学校、またはウランバートルに住民登録をしている場合の国立学校への転入転出に限る。学校長の判断のみで行われるため、簡単な手続きで済む。しかし地方からの流入児童に関しては、住民登録をしていないと就学できず、また登録済でも地方出身ということで、受け入れを嫌う学校も多く、就学の機会均等の面で問題ともなっている。
国際協力機構HP(http://www.jica.go.jp/press/2013/20140312_01.html)